当店について
当店「八代目神嵜屋宗兵衛商店」は、神宗の創業家であり、店主の八代目尾嵜宗兵衛により、
2023年4月(令和5年4月)に、ここ芦屋の地で開業いたしました。
店主の先祖である初代神嵜屋宗兵衛は、明和年間(1764~1772 年)に、
大坂船場靭町(現・伏見町1丁目)にて、神嵜屋宗兵衛という屋号で創業いたしました。
以来、店主の家系では、鰹田麩、塩昆布、ちりめん山椒といった商品の製造販売業を営んでおります。
当店「八代目神嵜屋宗兵衛商店」は、当店主である八代目尾嵜宗兵衛が神宗の代表を務めているころ以前から、
永年に亘り商品をご愛顧いただいているお客様から「ぜひ昔の味を」との強いご要望を受け、開業に至ったものです。
当店「八代目神嵜屋宗兵衛商店」では、店主が先祖代々の味を守るため、
代々受け継がれる製法に基づき、原材料にこだわった商品をお作りし、ご提供しております。
当店では、先祖代々の味を守りつつ、よりよい商品をお客様にご提供できるよう引き続き努めてまいります。
今後ともご愛顧賜りますようお願い申し上げます。
八代目 神嵜屋宗兵衛
創業 明和年間[1764年] | |
![]() | 尾嵜 多美(天保二年生れ)[三代目娘・四代目妻] |
![]() | 七代目神嵜屋宗兵衛(大正四年生れ) |
![]() | 八代目神嵜屋宗兵衛 |

店主からのお知らせ
お客様から「(当店は)大阪の神宗の新しいお店ですか」というご質問をいただくことがございます。
当店「神嵜屋宗兵衛商店」は、大阪の神宗の新しいお店ではございません。
当店は「神宗」の創業家であり、直系の八代目である尾嵜宗兵衛が運営するお店です。
当店主の八代目尾嵜宗兵衛は、2015年(平成27年)まで神宗の代表ではございましたが、
現在では「神宗」とは関係ございません。なお、現在の「神宗」は創業家とは関係がなく、
また現在何人かが「九代目」を継いでいる事実もありませんので、念のためお知らせいたします。
なお、お客様から「(大阪の神宗と)同じ味ですか」との質問をいただくこともございます。
当店の商品は、八代目尾嵜宗兵衛が、創業家代々の製法を用い、原材料にもこだわって製造しているものであり、
「同じ味」ではないものと自負しております。
お客様におかれましては、引き続き当店および当店の商品をご愛顧賜りますようお願い申し上げます。
八代目 神嵜屋宗兵衛
「江戸の香りをそのままに」
神嵜屋宗兵衛の歴史とポリシー

江戸時代の大坂は諸国の荷物が入る集積地であったため、
神嵜屋宗兵衛は地の利を活かして大坂の味を作り上げました。
昆布は北前船で運ばれた北海道産を、
またかつを節は枯節発祥の地 土佐のもの、
砂糖も日本一の集散地でした。
今日ではあまり知られておりませんが、
当時、大坂の砂糖問屋は鎌倉の鶴岡八幡宮や
大坂の住吉大社に大きな石灯籠を寄進するほど栄えておりました。
お酒は大坂・摂津の国であった灘の清酒、
醤油も大坂は一大供給地であったため、
選び抜いた醤油を使用。
ちなみに近松門左衛門は
曽根崎心中の中で、
徳兵衛(平野屋)の家業を
「日本一の醤油屋」だと記しています。
大坂に集まったもので製品をつくる、
当店では、江戸時代から変わらず
同じ材料と製法で作っております。
江戸から受け継ぐ伝統の味
神嵜屋宗兵衛は江戸時代(明和年間)一七六四年 大坂船場(靭町)で創業し、当代で八代目でございます。今も江戸時代に確立された大坂の味を守っております。
天然真昆布、本枯れ節(かつを節)、灘の純米酒、本醸造醤油、本みりん、てんさい糖、山椒(和歌山産・兵庫産)、これ以外の材料および調味料は使用しておりません。鉄鍋、ステンレス鍋ですべての商品を炊いております。アルミ鍋で炊くと溶けて製品に入ることがございますので、
製造からパッケージまでアルミフリーを徹底しております。

なお、当代は近松の解説書も執筆しております
近松が描いた上方の舞台で
神嵜屋宗兵衛は創業しました
神嵜屋宗兵衛 継承のしるし

明和年間より伝わる過去帳
「元祖 神嵜屋宗兵衛 出生 紀のくに 日高郡 阿尾浦 刑部太夫 末孫ナリ」と記載あり。紀伊検非違使刑部太夫は平家物語に登場しています。

当家所蔵の大福帳
三代目直筆 嘉永4年(1851年)

美味しさの証
明治時代に様々な博覧会で受賞した「メダル」が伝わっております


